私は気づかないのに、私を話し相手にしていたカフェのおばあさん
1か月ほど前、出張先の仙台でお昼ご飯を食べた直後に、顧客からトラブル相談の電話連絡が入った。
トラブル解決のためにはパソコンでの調査が必要であったから、ノートパソコンで作業をするための場所としてカフェを利用した。
カフェは、全国展開されているありふれたチェーン店。
店内にはお客はいるが、席の全てが埋まっているわけではない。
私は、隣に人が座っていない席に座り、アイスカフェラテを飲みながらノートパソコンで仕事をする。
仕事に熱中していると、周囲の変化になかなか気づかないものである。
特に、その時は仕事でのトラブル対応で通常時よりも集中力を高めるために、周りのことを気にしている余裕はあまりなかった。
そんな状況でも、私のすぐ隣の席の変化には気づいた。
話し声が耳に入ったからである。
誰かが左隣の席に座り、何かを話している。
視線を合わせないようにしてどんな人が座ったのか確かめてみると、おばあさんだった。
おばあさんは誰かと話しているようであるが、お婆さんの目の前にも隣の席にも私を除いて誰もいない。
電話で話しているわけでもない。
独り言でも言っているのであろう。
あまり気にせず、私は仕事に戻り、ひたすらノートパソコンで作業をする。
意識を仕事に集中させると、隣の席で何かを話しているおばあさんの声は耳に入らなくなる。
やがてトラブルは解決し、ほっと安堵する。
仕事の区切りがついたことで気が抜けたことやお昼ご飯を食べ終わって間もない時間であったということから、強烈な眠気が襲ってきた。
そういえば、昼ご飯を食べた直後にトラブル電話が入ってきたので、昼休み1時間分を消費できていない。
消費できていない昼休みの時間・約20分程度を今使っても問題ないであろう。
そのように自分に都合よく解釈する。
どんどん瞼が重くなり、意識が遠のく。
「眠くなる時もあるよね」
突然、この言葉が耳に入ってきた。
この声は、私の席の左隣に座っているおばあさんの声だということが分かった。
それまで仕事に集中していたから、私の席の隣に座っていたおばあさんが何を喋っているかは聞こうともしていなかったし、おばあさんの声がそれほど大きな声ではなかったので、何を言っているかは本当に聞き取れていなかった。
それが、仕事での集中力が切れ、通常であれば眠りに落ちる時には周りの声や雑音は遠のくはずだが、おばあさんの声が鮮明に聞こえた。
私の第六感が危険を察知したからかもしれない。
私の眠気は吹き飛び、目をかっと見開くが、おばあさんの方は見ないようにした。
ノートパソコンで、トラブルとは関係がない通常の仕事を開始する。
目の前には私の同僚がノートパソコンで分の仕事をしていたが、おばあさんの言葉をどうやら聞いていたらしく苦笑していた。
おばあさんの方を正面からは見なかったが、視界の端に映るおばあさんの様子を見ていると、おばあさんは笑顔で私の体に手を伸ばし、私の体に触れようとしているように見えた。
路上で話しかけられたのであれば、道に迷っているなどの困った理由があるのかもしれないから、その場合は可能な限りは対応をする。
カフェの店内で話しかけられたり、体を障られようとしている状況については、意味不明である。
おばあさんが、病気などで助けを求めているようにも見えない。
おばあさんに関わると面倒なので、カフェを出ようと思っていると、タイミングよく、他の同僚が、私の席のところに別件の仕事の相談を行うために現れた。
私は席を離れる理由ができたので、その同僚とカフェの外に出た。
目の前にいた同僚は、同じ席にとどまり、ノートパソコンでの仕事を続けた。
あのままカフェにいたら、おばあさんに体を触られていたかもしれない。
自分が狙われたことに恐怖を感じていた。
3時間後、カフェを出た同僚と再会し、おばあさんがどうなったのかと聞いた。
同僚によると、どうやらおばあさんは席に着いた時からずっと私に何かを話しかけていたようであり、私がいなくなると話をやめ、間もなくすると、カフェを出て行ったようであった。
思い返せば、おばあさんが私の左隣の席に座った時、他にも座る席はいっぱいあった。
人と人とが隣り合わない席もあったはずだ。
私の左隣におばあさんが座ったのは、最初から私に話しかけることを狙ってのことであったように思えてならない。
おばあさんにも、何か悲しい事情があるのかもしれないけれど、私としては恐怖を感じてしまった。
何度か利用したカフェだが、おばあさんとまた出会うかもしれないという恐怖があるため、おばあさんと出会った同じ場所のカフェは利用を避けることになるであろう......。