夏海公司『なれる!SE 2週間でわかる?SE入門』
主人公は、大卒の新入社員・桜坂工兵(さくらざかこうへい)。
彼が入社した会社「株式会社スルガシステム」では、残業・徹夜が当たり前のように毎日のように行われていて、休日出勤をしても「年俸制」であるため、休日手当など一切つかない、という非常に労働条件の厳しい会社だった。
桜坂工兵は、見た目は中学生ぐらいの年齢にしか見えないかわいらしい女の子……しかし、仕事はプロフェッショナルにこなす厳しい先輩社員・室見六華(むろみりっか)のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)により、SEとはどうあるべきか、どのように仕事を進めていくべきか、ということを心身共に疲れ切りながら学んでいく。
この本を読む読者が、SEっぽいことをしている人であれば、何だか自分も似たような境遇にあるぞ、と思うかもしれない。
長時間残業、休日出勤が多い、休日出勤をしていると別のトラブル対応をしないといけなくなることがある、案件を複数抱えていていつも切羽詰まっている……といったことなどは、私も同じだ。
しかし、私には、明らかに共通していない点があり、それらは羨ましいと思う。
室見六華のような素敵な(見た目だけの意味ではない)頼りがいのある先輩、教えてくれる社員などいない。
藤崎さんやカモメさんのように優秀で面倒見の良い人もいない。
この本の作者は、あとがきで、SEにはなるな、というようなことを書いているが、上記2点を見ていると、今の私であればスルガシステムに転職したい、と思ってしまった(苦笑)。
「会社を辞めてやる」と思いながらも、主人公が、前向きに頑張り、ハッピーエンドになっているこの本を読むと、就職先前の学生達が、この本を読んでしまったら、SEを目指したい人が増えるのではないだろうか。
作者の「SEになるな」という思いと、読者が抱く印象は相反することになっているのでは?
ああ、もしかしたら、この本を見て、「SEって面白い!つらそうだけど楽しそう!やってみたい!」と思った人は精神面ではSEに向いているかもしれない。
逆に、「これはいやだー」と思った人は、SEに向いていないかもしれない。
といったことを作者は暗に伝えたいのかもしれない。
さて、この本でSEの過酷な労働状態を伝えるために取り上げられていることの1つに「残業」があるが、この本を見て改めて思ったのは、都会と田舎の労働感覚の違いだ。
終電を意識しているのは、都会だけだ。
田舎でも電車通勤している人はいるが、自転車とかバイクとか車で通勤している人が圧倒的に多いと思う。
電車の縛りがないから、残業が常態化していると、体力が続く限り何時までも会社に残ることができる。
私のように家が近ければ(家と会社の距離が原付で6分程度)、朝5時まで仕事をしても家で風呂に入り、2時間自宅のベッドで寝て、朝ごはんも食べて、朝8時半には会社に戻ってくることも可能だ。(これは、「可能だ」と言っているだけであって、しんどい。基本的には、午前1時までには家に帰るようにしている。また、最近、私の残業時間は去年以前よりは随分減少しており、深夜0時以降に残ることは減ってきた。今月などはほぼ22時頃には会社を出ている。ああ、そういえば、22時以降の残業は基本的に禁止というお達しが出てしまったことも影響しているかな。)
終電の意識がほとんどない田舎の会社では、電車通勤をしている人は、電車通勤をしていない人に申し訳ないなど様々な理由で、電車通勤を諦めて他の手段に変更するか、家の人(父親等)を呼ぶ、自腹でタクシーを呼ぶ、自宅まで何時間かかけて歩いて帰るなど、かわいそうなことになる。
だから、この本の読者の就職先(または勤務先)が、電車通勤が一般的ではない会社であり、読者自身は電車通勤をしたい場合は、「終電があるので帰ります」は言い訳として言い難いばかりか、会社に居づらくなる可能性があるので注意が必要だ。
この本の話に戻ると、話の内容として、大変素晴らしいと思った。
以下の4点は、私が常日頃よく思うことなので以下について触れられている文章を読んだ時、感動すらした。
分からないことを徹底的に自ら調べ、自分のものにする姿勢
→桜坂工兵が、自分が理解できないシステム用語、業界用語だらけの日本語文章を平易な日本語に訳していき自分のものにする努力は偉いと思った。分からないなりに努力すること、そして、それを続ける根気が本当に大切。
→ルーターの設定を行うために、基礎の基礎(IPアドレス、サブネットマスク等)から勉強をする姿勢。サブネットマスクの説明は分かりやすいと思った。
設定ファイルなどのサンプルをネットなどからコピペしてよく分からないまま使うことの危険性
→コピペそのものを否定しているのではなく、意味も分からずコピペして使うだけでは、問題が起きた時に自力で解決できない、と室見六華に桜坂工兵は叱られるが、まさにその通り。(1つ1つのことが理解できてから、サンプルを参考にするのは良いと思う。)
ミスがないか何度も調べる姿勢
→見直しは大切。桜坂工兵は入社時点で、先輩社員に指摘されなくても、最初からこれができていた。
テスト項目の作成
→時間がなくて急いでいても大切。
主人公の桜坂工兵は、SEになれる素質を十分持っている。
桜坂工兵には、上記のうち以下の2点が最初から備わっていた。
- 分からないことを徹底的に自ら調べ、自分のものにする姿勢
- ミスがないか何度も調べる姿勢
これら2点がないとSEには向かないと思う。
これら2点は、システムの仕組みやビジネスマナーなどと違い、覚えるものではなく、自分の性格の一部であるから、会社に入ってから何とか頑張ります、というのは難しいと思う。
桜坂工兵は、もちろん、これら2点以外の点でもSEに向いているところが多々ある。
たとえば、以下の3点だ。
コミュニケーション能力がある
→クレームを言ってくる客にも動じず、相手を落ち着かせる対処法を心得ている。小さな頃から、実家の仕事の手伝いでお客さんの相手をしていたことが功を奏しているようだ。
トラブル時にも冷静な判断、的確な行動ができる
→データセンターでの納品時にトラブルが発生し、先輩社員である室見六華でも納期期限内に作業を完了できそうにない事態に発展した時の桜坂工兵の立ち回りは大変良かった。
体調管理、ストレス解消に努めている
→体調を崩さないための工夫をしているように見えるし、休日には、ストレスを解消するための具体的な行動に出ている。
最後に、話の内容で1点だけ非常にびっくりしたことがある。
それは、データセンターの描写だ。
データセンターの扉が開くと、
霧のような冷気が室内から漏れ出してきた。
と描かれていたが、私が訪れたことのあるデータセンターでは、「霧のような冷気」は見たことがない。
防寒具がないと仕事にならないほど寒いデータセンターには、まだお目にかかったことがない。
私が訪問したことがあるデータセンターが10件にも満たないほど少ないから、たまたま室温が高いところばかりに遭遇しているのかもしれない。
データセンターではなくて単なるサーバ室であれば、もっと訪問しており、サーバ室では震えるほど寒いところもあったが、それでも冷気は見たことがない。
今後、訪問数が増えてくれば、「霧のような冷気」が見えるほど大変寒いデータセンターに遭遇することがあるかもしれない。
そうなったら、ちょっとわくわくする!
もちろん、そんなデータセンターには長時間は入っていたくないけれど。
今後、特に、防寒具を常時持っていない冬以外の時に、まだ訪問したことがないデータセンターに訪問する時には、寒すぎて仕事にならないかも、ということを意識しておくべきかな、と思った。
次巻も早く読まなくては!
萌え要素と実践的な要素の組み合わせが絶妙の素晴らしい小説だ!
面白いだけでなくて、これほど勉強になる本は、久しぶりに読んだと思った。
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