48歳から始める英語学習

私の現在の年齢は48歳。4月で誕生日を迎えたら今年49歳になる。月日が経つのは早いもので、私が大学生の頃に英検準1級に合格後、もう25年以上もの時間が経っているのにもかかわらず、その後、勉強していないのだから当然なのだけれど、英語の実力は全く向上していない。50代がそろそろ見えてくる40代最後の年が近づいてくるにつれ、英語力が全く向上していない自分のことを本当に情けないと思うようになってきた。

もう48歳だけど、今さらだけれど、とにかくもう一度英語学習を始めたい。

最近、特にその気持ちが強くなってきた。それには3つのきっかけがあり、3つともここ最近のこと。

1つ目は若い頃の自分が立てた目標を達成できていないことを思い出したこと。

今年の4月で最後の40代を迎える予定だが、年齢のことを改めて考えてみると、若い頃...20代の頃は30歳になるまでに英検1級を取得したいと思っていたのに、その後ほとんど勉強してこず、年だけを重ねてしまった。若い頃に抱いた目標とは言え、目標を達成できずに長い時間が経ってしまったのは情けない。私の寿命が何歳なのかは分からないけれど、目標を達成できないまま人生が終わるのではないかと考えると情けない、悲しい。

2つ目は大学生の娘がTOEICの勉強をしていることを知ったこと。

娘が自分でTOEICの教材まで買って勉強をしていると聞いて自発的に勉強をしている娘の成長ぶりに驚きつつ、私も昔は向上心をもって勉強をしていたことを思い出した。もう一度、若い頃のように勉強してみるべきではないか。

3つ目は最近短期間のうちに外国人の人に英語で質問をされたのだけれど、格好よく英語で返答をすることができなくて悲しくなったこと。

これら3つのことがきっかけで、英語力を向上させるために英語学習を真面目にやり直したい、と強く思うようになった。

以下でさらに詳しく説明したい。

1つ目のきっかけ「目標を達成できないまま年だけを重ねてしまったこと」

大学卒業後、この25年以上の間で何度か英語学習を試みたことはあったが、短期間試みただけで終わり、持続的に長期間にわたって英語学習をするようなことはなかった。英検準1級に合格した大学生時代の私は、「次は英検1級を目指そう」と思っていたが、大学卒業後、「仕事に英語はあんまり関係ない」だとか、「仕事が忙しくてしんどい」とか、「他の趣味に時間を使いたいから英語学習をする暇がない」とか、言い訳ばかりをしてほとんど英語を勉強してこなかった。言い訳ばかりして25年以上もの間、まともに英語を勉強してこなかった。

2つ目のきっかけ「大学生の娘がTOEICの勉強をしていること」

先日、大学2年生の娘が初めてTOEICを受験したと言っていたので点数を聞いてみると、4割も取れていない、300点台とのことで悲しそうにしていた(電話での会話なので娘の表情までは見えないが声は明るくはなかった)。娘は高校生の頃に英検2級には合格をしているけれど、大学入学後、熱心には英語は勉強していないようであるため、TOEICで300点台というのはそんなものかもしれない。娘としては周りの同級生たちが(おそらく就職活動を意識して)TOEICを受け始めたことで、娘もTOEICを受けないといけないと思ったようで、TOEICの教材を買って英語の勉強を始めたということであった。

私が大学生の頃に最初に受けたTOEICは400点台、その後何回か受験して少しずつ点数が上がっていって、在学中は何点だったかもう忘れたけれど、大学卒業後2年目ぐらいに当時私が勤めていた会社で受験したTOEIC IPの点数が700点台だったことは覚えている。あともう少しで800点だった、というような記憶があるのと、780点ぐらいの数字が頭に浮かぶので、それぐらいの点数だったのかな。試験結果の紙を捨てた覚えはないけれど、どこにしまいこんだのか見つからないため、点数を証明するものがない。この最後のTOEICテストを受けたのは20年以上も前の話。今の私がTOEICを受けたら点数はもっと悪くなるのではないだろうか。

TOEICの点数が300点台だったということを気にしていた娘には、当時の私の話をしてみた。私も最初は400点台だったから気にしすぎなくていいよ。とりあえず英検準1級に合格できるように勉強していけば、500点、600点ぐらいはすぐに取れるようになるんじゃないかな?700点台、800点台だっていけるかもよ、と応援をしておいた。娘は「分かった。勉強する」と言っていた。

この娘の話の後、自分はどうなんだろう、と考えた。私は25年間ほどもの長期間、英語の勉強は真面目にしていない。

前の仕事でも現在の仕事でも英語力はほとんど必要がない。現在の仕事においては、サーバトラブルやプログラムエラーなどの問題発生時、パソコン画面上には英語でエラーメッセージが表示されることがほとんどであるから、そのような場合においては英語が役に立つことがあるが、そのような場面以外では英語が必要だということがほとんどない。英語が必要な場面となる問題発生時でさえ、別に英語ができなくても、現在の仕事にはほとんど支障がない。英語が必要な場面で、英語が分からなくても無料で便利に使える翻訳サイトやAIもあるからだ。

だったら、英語を勉強する意味はあるのか...とは私は思っていない。英語を勉強する意味はあると思っている。映画や洋楽で聞こえてくる英語を(パソコンやスマホなどの翻訳ツールを使わなくても)そのまますぐに理解できることは楽しいことだ。観光地などで外国の人に英語で話しかけられて流ちょうに英語でお話ができたら楽しいことだ。好きな本を原著(英語)でスラスラと読めたら楽しいことだ。楽しいことにつながるから英語を勉強することには意味がある、と思う。

私の場合、大学生のように就職活動をすることもないので、今からTOEICで高得点を取ることや英検1級合格を目指すことは、完全に自己満足であり、趣味である。ここで誤解がないようにしておきたいのは、英語の資格試験で高得点や合格をすることだけを目的として英語を勉強したいわけではないこと。TOEICの点数や英検の合否は英語の実力がどれぐらいになったのかを測るための分かりやすい指標となる便利なものだと思っている。英語の能力を測るための手段としてTOEICや英検があるのだと思っているから、本来はこの手段を目的化してはいけないのだろうと思う。とはいえ、英語力を手っ取り早く向上させるためにTOEICで高得点を狙ったり、英検1級合格を目指すということを意識して勉強するのもそんなに悪いことではないと思う。効率重視ならとてもよいかも。もちろん、何のために英語学習を再開するのかについて、英語学習再開の目的を忘れないように注意したい。

3つ目のきっかけ「外国人に英語で話しかけられた際に英語で格好よく回答できるかどうか」

実践的な英語力を身に着けられたら、格好よく英語で回答できるのではないか。実践的な英語とは何だろう。英語でコミュニケーションを取りたい、観光地等で接する外国人の役に立ちたい、とか、映画館でハリウッド映画を字幕を見なくても英語だけで全部分かるようになりたい、洋楽を聞いても歌詞が分かるようになりたい、といった実用的なことかな。

現在の私は健康目的でほぼ毎日のように松山城を訪れている。滅多にないことだけれど、外国人の方に英語で話しかけられることがある。その時に、相手の方が話していることは大体聞き取れるし、内容も分かるのだけれど、私が何か言葉を発しようとすると、文章どころか単語すらまともに出てこない。もともと英語力がない自覚はあるけれど、ここまでできないのか、と情けなくなる。

スマホをうまく使えば、スマホに向かって日本語でしゃべって、スマホが英語で回答を返す、というようなこともできるけれど、スマホのような機械的なツールを使わなくても、自分だけの力で英語を理解して英語で話すことができればもっと自分が楽になるのではないかと思う。スマホなどの英語ツールはたしかに便利だけれど、ツールを使うこと自体が面倒くさいし、しんどいと思う時がある。

英語を勉強をする方がしんどいのではないか、時間の無駄ではないかと思う人もいるだろうけれど、勉強して覚えてしまえば、ツールを使わなくても済む。洋楽については、歌手が歌う英語そのものを聞いて意味が理解できたほうが楽しい。カラオケで歌う際にも、意味が分かっていたほうが楽しい。

映画館で洋画を観る際にも、最近はもう字幕ではなく日本語吹き替え版で観ることが多くなってしまった。英語が聞き取れなくても、字幕があればよい、という考え方は分かるのだけれど、年のせいか、字幕を目で見るのがしんどくなってきた。日本語吹き替え版であれば、字幕を見なくても日本語を聞いていれば理解できる。しかし、吹き替え版だと観るのは楽になるが、ハリウッドスター達が喋っている英語を耳にすることはできなくなり、残念な気持ちにもなる。

生の英語で映画を楽しみたいと思う時もある。再び、字幕版の映画を私が観るには、日本語と同レベルで英語が聞き取れるようになるほど、英語力を高めるとよいのかもしれない。今から25年前に英検準1級に合格した大学生の頃の自分は、そんなことを夢見ていた。その夢は25年以上、現在に至るまで叶っていない。そりゃ当然だ。真面目に勉強してこなかったのだから。

48歳から英語学習を始めるのは遅いだろうか。

そんなことはない。学ぶことは楽しい。覚えることで分からない単語が減り、聞き取れなかった単語が聞き取れるようになるのは、普通に楽しいし嬉しい。分からない単語、聞き取れない単語があると、ストレスの原因ともなる。学習して覚えることで、分からないことが減ることで、ストレスも減る。

たとえ仕事で英語に接することはほとんどないとしても、映画や音楽などで英語に触れることはあるはずだ。テレビやYouTubeなどでニュースを視聴する際、英語を聞く機会も結構あるはずだ。私の寿命が何歳となるのかは知る由もないが、もし日本人男性の平均寿命ぐらい長生きできるのだとしたら、48歳はまだまだ若い。可能性の話でしかないけれど、あと30年、40年と人生が続くかもしれないことを考えると、48歳から英語の勉強をやり直すのは、決して遅いことではない。

48歳から英語学習を始めるとしても、資格試験としては最終目標は英検1級合格を目指したいと思うけれど、英検準1級合格後、25年もの間、ほとんど何もしてこなかった私がいきなり英検1級合格を目指して試験勉強をしてもすぐに挫折するであろうことは目に見えている。

甘い、甘いと自分でも思うけれど、まずは、英語の勉強をする習慣をつけるところから始めようと思う。

幸いにも自宅には私が過去に買い集めた英語の本がいっぱいある。ちゃんと読んでいない、読んでいても覚えていない本が多数ある。家にある英語の本を活用すれば、初期投資0円で英語学習を開始できる。

毎日、書籍で英語を読んで、分からない単語や熟語を暗記しようと努めるところから始めようと思う。自信がついてきたら、いきなり英検1級の試験を受けるのではなく、TOEICを受験して何点ぐらい取れるのかを確認してから英検1級の受験日程をいつにするのかを検討したい。受験代が高いので試験を受けるにしても相当に自信がついてから受験しよう。

TOEICの受験日は1年以内としようかな。

英検1級の受験日は今の段階では決めない。

まずは、英語の本を毎日10ページ以上読むこと。これを目標にしよう。

ところで、この記事を書く1か月ほどの間、英語の本を1ページ以上読む習慣ができている。48歳から英語学習を始めようと思った3つのきっかけよりも前からだ。

西尾維新先生の化物語シリーズを第1作目から読み直し始めたのと同時期に、英語の勉強も少しずつだが行っていた。この勉強はそんなに深く考えず、何となくだ。この何となくが意外と続いているのは、化物語シリーズを毎日読むついでに英語の本も読むという決まり事を自分で作り、それを忠実に習慣化してきたからだ。

1日1ページ程度しか英語の本を読まない場合、英語学習量としては、全然足りないであろう。何もしてこなかった25年間を思えばマシなのかもしれないけれど、やはり全然足りないだろう。

まずは1ページ以上読む、というところを10ページ以上読むに変更かな、と思っている。その次は1日に単語を10個以上覚えるなどの目標を決めたいところだけれど、達成できないかもしれない目標を多数作っても挫折しそうなので、まずは、しばらく(1か月程度)は毎日10ページ以上読む、というところを目標にしてみようと思う。

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